Archive for 2010

赤ちゃんに何を語れる…?

木曜日, 12月 23rd, 2010
突然ですが、独身の私は社会人のシングルライフを謳歌している。(オススメの風俗店はサイドバーのリンク集を参照)


そんな私の「子供を作るという事」に関する見解を話させて頂きたい。
私もいい歳で父親になっていてもおかしくない年齢になり、ここ数年で考え方にも変化がありました。
それは女性に対する観点が変ったという事である。
女性に恋愛感情を抱く時、楽しさや性的魅力以上に、仮に自分の子供の母親になった場合にこの女性が相応しいかどうかという見方をするようになったのである。
まずは大前提として、人間が存在しているという事自体が不幸な事であるということは歴史上の学者たちが証明してきた。
ならばなぜ人間たちは今もなお、命をつないできているのか。
それは分からない。
私自身にも、どんなに死にたくても、生きなければならないという言いようのない本能があるように思う。
そして、自分が人間の男として生まれた以上、役割を果たさなければいけないという感情もある。
そんな義務的な理屈ではなく、単に幸せがそこにあるようにも思う。
こればっかりは説明がつかない。
話を戻すが、これほど虚無感と悲しみに満ちた世界に自分の責任で種を残すという事。
それが子供を作るという事だ。
私と同様の感性を自分の子供が持ってしまった場合を考えてしまうと怖くて仕方が無い
その際に、あらゆる愛を与えてやれるパートナーと協力したい。
だから、結婚に慎重になってしまう。
だがもし、私にも子供を授かるチャンスが訪れるのなら精一杯愛してやるつもりだ。
もちろんビーズを散りばめたベビー服を着せて…

ビーズとベビー服に掛ける切なき想ひ

火曜日, 12月 7th, 2010

ワシはよく自分の孫にTシャツをビーズで装飾してやったりしたのう。
まだ孫が2、3歳くらいの時なんじゃが、あの頃は小さき赤ん坊になんでもしてやったわい。
ビーズで手提げ袋を作ったり、ベビー服を作ったり、パンツを作ったり
いろいろやってあげたのじゃ。
ワシは若い頃は『ビーズ使いのイナバ』と呼ばれておった。
当時のワシは『ビーズ世界選手権』で初代チャンピョンの座に輝き、一躍時の人となった。
この大会でビーズ3年分をもらい、しばらくビーズには困らなかったのじゃが
ある日、ワシのビーズを狙っていたシンデレラグループという『性の野獣』と呼ばれる者どもに襲撃されたのじゃ。
ワシが手に入れた全財産(ビーズ)が一夜にして奪われ、さらにワシは全治5ヶ月の大怪我を負ったのじゃ。

それはさておき、ビーズを使った創作は楽しいので是非みんなにもやってもらいたいぞぇ。
ベビー服を作るのにはビーズを使うのは最早、常識となっておる。
ビーズを使いベビー服を作ろうと想ふのなら、
このワシに任せィヽ(‘ω’)ノ

子供だった時間の財産

火曜日, 11月 16th, 2010

みなさんが子供だった時の感覚を思い出してみて下さい。

なぜ、あれほどまでに真剣に遊べたのでしょうか。

楽しむ意外の理由などありません。

損得勘定なんか、1ミクロンもありません。

誰かが言ってましたが、男性が本当の意味で成熟する時は子供の頃の真剣な感覚で仕事に取り組める様になった時だと言っていました。

そんな大切な子供時代のお洋服選びってとても大切ですね。

子どもの頃の好奇心とは海の如く広大である。

水曜日, 10月 27th, 2010

子どもとは非常に不思議なものでね、好奇心が大勢で大人じゃ目に付かないようなことにまで興味をもったりするんじゃ。

ワシが子どものころはよく学校のプールの下にもぐって遊んだり、意味も無く木の頂点まで登ったり

体育館の屋根の上を登ったりしたもんじゃ。

いまのワシじゃもうそんな体力はないし、やろうとも思わんのじゃが、子どもの頃は不思議でああいうアソビが一番楽しかったのじゃ。

最近の子どもはニンテンドーデーエスだのなんだの、ゲームばかりに夢中で外で遊びほうけたり、悪さするクソガキどももめっきり減ってしもうた。

時代が進化し、様々なことがデジタル上で実現可能になった今。

子ども達の遊びまでデジタル上で完結してしまうなんて、ワシはどこか寂しいぞえ

〈子供〉の誕生

土曜日, 10月 9th, 2010

フランスの歴史学者フィリップ・アリエスの著作である。

1960年に公刊された。

子供と大人の一線を当然視し、学校教育制度を当然視する現代の子供観に対して、疑義を呈する書物である。

アリエスによれば、中世ヨーロッパには教育という概念も、子供時代という概念もなかった。

7~8歳になれば、徒弟修業に出され、大人と同等に扱われた。

飲酒も恋愛も自由とされた。

なぜ大人と子供の一線を7~8歳に引いたのかと言えば、この時期に言語によるコミュニケーションが可能になると考えられたためである。

7~8歳以前の子供は動物と同じ扱いであり、大人がフリスビー代わりに投げ遊び、落として死なせたこともあるという。

乳幼児死亡率が高く、5歳までは頭数に入れられなかった。

もっとも、乳幼児死亡率が高かった理由として、医学水準が低かったことだけではなく、両親のベッドの中で、あまりにも頻繁に窒息により非業の死を遂げる子供が多かったといった理由も挙げられている。

教会は、嬰児殺しを厳禁していた。が、両親があれは事故だったと主張してしまえば、それ以上追及する者はいなかった。

近代的な学校教育制度が現れたのは、17世紀のことである。

当時の教育者たちは、古代には存在した学校教育を倣い、「純真無垢」を理念とした。

「純真無垢」とは何か。

子供と大人を引き離すこと、特に子供にとってセックスを禁忌にすることだった。

また、子供として保護される期間の延長も提唱した。

この時期から、美術も子供をテーマにし始めた。それ以前は、美術が子供をテーマにすることはなかった。

近代学校教育制度は、大人とは異なる、子供服というものを編み出した。

この傾向は特に男児に顕著で、男児の特徴的な衣装である半ズボンが考案された。

それに対し、女児の服装の変化には無頓着であった。女児は家事に専念すればいいのであって、学校教育を受ける必要性が少ないと考えられたためである。

これを受け、近代的な学校教育制度は、同年齢の子供を同一のクラスに編成した。極端な場合には、寄宿舎制度を設け、子供を外部から遮断した。

子供から大人になる過程には順序があり、短期間に見聞を広めるとトラウマになる恐れがある。